■
ブログにテーマは必要だろうか。
本日、奇跡的にも二回目の更新になることをここに祝福したい。
継続は力なり、なんてどっか詐欺師まがいの言葉のようだが、案外馬鹿にできない。
継続してみれば力になるかもね、くらいにしておく。
まあまだ二回目なので、微々たる力であるが、重い腰をあげ、さぁ、書こう。
さて、冒頭にある通り、ブログにテーマは必要だろうか。
私は普段全くブログというものを読まないので分からない。むしろ、ブログのブームも既に遠い過去の出来事で、今更こんなことに劇を飛ばしながら論じてみても始まらない。
しかし、私は今ブログを書いている。今書いている人間にとってこれは、死活問題である。
では。テーマは必要か。
答は、YESでありNOである。
表であり裏である。
ラーメンでありカレーである。
はぁ?とか言わないでくれ。こっちだって必死なのだ。
ブログを書く上で、テーマというのは必要とは限らない。
例えばどこかの地下アイドルのように、ただ自分の写真を載せるだけでもいいし、海老蔵さんのようにツイッターまがいでもかまわない。
では反対に、テーマがいらないか、と言われれば、これもまた頷けない。
何も主張や、言いたいことがないブログなんてものは、実につまらないし、あってもないようなものである。
地下アイドルが自分の写真を載せているのだって、最悪写真集を見ていれば済むものである。
美味しい料理の作り方を教えてくれるブログは面白い。
興味のない、今日の一日を書いてもつまらない。
では、テーマは必要ではないか?
残念ながら、まだ振りかぶることはできない。
何故なら、テーマがなくともブログはこうして成立しているからである。
周りを見てご覧なさい。世の中には無数に訳の分からんブログが溢れている。そして大手を振ってブログと名乗り蔓延っているではないか。
ここに一つ、真理がある。
答は、相変わらずYESでありNOである。
表であり裏であって、ラーメンでありカレーである。
ブログに必ずしもテーマはいらない。
しかし、テーマや主張がないものは自然、淘汰されていくのではないか。
世間というのは飽きやすいものである。
テーマのないものはつまらない、飽きられる。
ブログが、ブログとして生き残っていくには、テーマなり特質が必要である。
それは、料理でも、政治でも、文学でも、映画でも、東京都知事のファッションについてでもかまわない。
内容のないものは、つまるところ、つまらない。
だから飽きられる。
すると、消える。
ブログも、やはり世間である。
世間は、厳しい。
そう、甘くはない。
所詮ブログ、されどブログである。
何も面白味のないブログは消え去る。
それは、やっぱり世間の中にあるからである。
世の中は厳しい、それはブログも一緒なのだ。
言い訳。
9月2日。
特に、この日に思い入れなどないのだけれど、ただ何故か暇で、何故か気まぐれにブログなど始めてみて、今本当に後悔し、赤面している。自分の軽率さ、思いつきでブログなんぞ始めて本当に恥ずかしい。
馬鹿なのではないだろうか。
しかし、やっちまったもんは仕方がない。
これから頻繁に更新するのか、それともファートスキスの思い出のように風とともに忘れてしまうのか、私にも分からないが、ここに蛮勇をふるって、更新を続けてみようと思う。
自分のケツを自分で拭けば、また新たな発見があるかもしれぬ。
そう思うと、些かやる気が出てくるような、出てこないような、、、まぁ仕方がない。やってみよう。
そんで今日は初回ということで、自分をたいそう甘やかしてこれで終わろうと思う。それに、何せ思いつきで始めてしまったもので、書くことがない。
見切り発車もいいとこ。
ただでさえ粗文なのだから、これ以上ダラダラして、いるのかいないのか分からない読者諸君の有意義な時間を拝借するわけにはいかない。さぁ、やめよう。
よし、やめた。
では、次回がいつになるのかも、誰が読んでいるのかも分からないが、また、という言葉を残しておこうと思う。
もし、数十年後、臨終の際にふと、
「消しておけばよかった」
と、思わないことだけを願っている。